第4章 その他の捕食者
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ほとんどの片利共生者は、それ以上家畜化過程に踏み込むことはないのだが、アライグマに関してはそれが起こるかもしれない アライグマには行動面での顕著な変化が見られる
より自然の状態で生息しているほとんどのアライグマは人間に近づこうとはしない
しかし、人間がアライグマの自然生息地に頻繁に訪れるようになると、彼らは人間を利用する方法をすぐに身に付けてしまう
だが、アライグマよけ用の食料容器といえば、使えるものはドアと窓をしっかり閉めた車しかない
アライグマは、人間を食料供給原としてうまく利用する術を、自然界本来の棲みかにいる際にすでに身に付けていた
それを人工的な環境にまで持ち込んでいる
アライグマの個体群密度から考えると、昔のままの生息地よりも、このような人工的な環境下でのほうが実は繁栄している 人間のいる環境下で変化した2つ目の点は、他のアライグマがそばにいても平気になっている
ここで最も参考になるのはネコの家畜化
ヤマネコやオオカミにとって家畜化の第一歩であり最初の行動的変化だったのは、人間が近づいても平気になった、つまり従順性が高まったということ ヤマネコにとっては、オオカミと違って、ヤマネコ同士が近づいても平気になるというもう一つの変化が必要だった
アライグマは社会性についてはオオカミよりもヤマネコのほうに似ている
雑食動物の最たるもの
アライグマ科はクマ科にもっとも近縁であり、両者の歯列にはかなりの共通点が見られ、そのため雑食性である点も共通している
北米の哺乳類中、食べるものの幅広さではアライグマが一番 アライグマ科のメンバーには、社会性に関してかなり多様性がみられる
ハナグマの雄は単独性だが、雌はきわめて社会的である
アライグマは長らく単独制だと考えられてきたが、いまやわかってきたのは、彼らの社会的行動はもっと複雑で奇妙な差異があり、食物供給の状況によってかなり変化する
食物が豊富で個体群密度が高めのところでは、雌の行動圏は重なり合うことが多い
また、雌は共同の休憩所に集まることもある
個体群密度が最も高いところでは、血縁関係にない雄たちが一時的な連合を形成する傾向がある
ヨーロッパ人が最初に北米に到達した当時、アライグマの生息地は、米国東南部から南はパナマまでの川に沿った豊かな森林地帯にほぼ限られていた(Zeveloff, 2002) だが、19世紀末期には明らかに生息域が広がっていた
拡大する人間の居住地をうまく利用する能力に少なからず助けられてのこと
1940年代になると爆発的に増加し、生息域もかなり拡大した
その過程でアライグマたちはプレーリーや海岸沿いの沼地や山岳地帯など、新たな生息地でうまくやっていけるようになった
アライグマはおそらく最初は農場に入り込んだのだろうが、たちまちのうちにもっと規模の大きい集落にも侵入した
その中でもアライグマが人間を最高にうまく利用しているのはトロント
アライグマの都会化が始まった頃、ヨーロッパ(特にドイツ)や日本に導入した
日本での導入は、実はあらいぐまラスカルというアニメ(1977年)の影響によるものである。
日本でアライグマはいまや大変な災厄の種になっている
アライグマが都市に引きつけられているのは間違いない
豊富な食料
都会の中心部にいれば、天敵からかつてない高レベルで守られることにもなる
だが、アライグマがこのような資源をフルに利用できるようになるためには、何より行動が変化する必要があった
まず、人間に対する恐れがある程度は緩和された
大昔にハツカネズミを探して穀物倉に入り込んだヤマネコと同じような変化が起きたのである ヤマネコはその後、過去のヤマネコが経験したことのなかったほど他のヤマネコに接近するという事態に直面し、それに伴うストレスを受けた
ストレスをほとんど受けなかった個体が、この新たな環境では有利だった
穀物倉に出入りするネコたちと、穀物倉にに近づかなかった他のネコ達との間には、人間がそばにいることへの耐性や社会性の向上に関連して、遺伝的な差が少しずつ生じてきた
都会にいるアライグマたちにも同じことが起こったのだろうか?
現時点ではそうとは考えられない
アライグマには、ヤマネコにはない生まれつきの柔軟さといったようなものがあるのがわかっている
そのおかげで、人間を利用することにおいて、少なくとも今のような初期段階では、遺伝的な変化は必要ないのかもしれない
表現型可塑性
ある形質について、表現型可塑性は個体間や集団間、種間で異なることもある
ここでは種のレベルで考えることにしよう
ある形質に関して(種レベルで)どれほどの表現型可塑性があるかは、直接的に選択の対象となった場合であれ、他の進化過程の副産物として生じたものであれ、それ自体が進化によって得られた特徴である
社会的行動形質も、多かれ少なかれ表現型可塑性を示す
ヤマネコの社会的行動はアライグマと比べて極めて固定的
アライグマの社会的行動は、個体群密度に応じて単独制から半社会性まで変化しうる
さらに、人間に対する反応でも、アライグマは多くの野生の肉食動物よりも変化の程度が大きい
人間のごく近くで育った個体は、自然な環境下で育った個体に比べて大胆な行動を取りやすくなる
そのため、都市環境下での人間に対する大胆さの増加や社会性の上昇に、遺伝的変化が必要だったとは考えられない
自然環境下でのもっと典型的な行動から逸脱したこれらの行動面での発展は、どちらも単に表現型の可塑性が現れているだけかもしれないのである
これまで考察してきたどの肉食動物についても、家畜化の最初期段階ではおそらくこれがあてはまるだろう
一般的な哺乳類の進化と同様に、表現型可塑性のある行動が家畜化過程へとつながったあとで、遺伝的変化が生じる
しかし、遺伝的に変化が起こらなければ、その動物が真に家畜化されたとはいえない
現在の時点では、アライグマの家畜化過程が表現型可塑性だけの段階を超えてその先に進んだという証拠はない
また、アライグマと人間とは、現在の片利共生的な関係以上の段階には進まないかもしれない
しかし、この片利共生関係こそが、ネコやイヌがそうだったようにアライグマをさらなる家畜化へ向かいやすくするのである
さらに、アライグマとかなり近縁な別の科の食肉目で、純粋に表現型可塑性による従順性から、完全に遺伝的な性質による従順性へ移行したフェレットがいる 家畜化以前のフェレット
イタチ科はアライグマ科と同じく、食肉目の系統樹でイヌ側の枝上(イヌ亜目)に位置している
イタチ科はイヌ亜目のなかでもきわめて肉食性の強いグループであり、地球上で獰猛な肉食動物として一、二を争う
フェレットは昆虫や魚、両生類、鳥類、さまざまな齧歯類、ウサギ類など、幅広い範囲の小動物を捕食する能力をもつという点で、この属の典型的なメンバー
フェレットが家畜化の方向へと向かったのは、齧歯類やウサギ類を殺すことにかけて熟練しているがため
ヨーロッパケナガイタチは、イイズナやミンクなどのイタチ属の他のメンバーに比べ、胴体が短く小柄
毛色にはバリエーションがあるが、たいていは暗褐色で腹部は明るめであり、顔はアライグマに似ている
また、オコジョやイイズナよりも人間に対する耐性が幾分高い
オコジョやイイズナもネズミ捕りやウサギ捕りの最高の名手だが、ヨーロッパケナガイタチの方が互いや人間の接近に対して耐性があったので、家畜化の候補として適していたのかもしれない ヨーロッパケナガイタチが、いつどこで最初に家畜化されたのかは、正確にはわかっていない
家畜化の証拠として妥当性が高いのはローマ時代の文献
大プリニウスはフェレットと協力して行うウサギ狩りについて記述している フェレットの家畜化にウサギが重要な役割を果たしたことは間違いない
ウサギはフェレットとほぼ同時期に、かつ同地域で家畜化された
おそらく,毛皮よりもウサギ狩り能力の方が重視されるようになった時点で、ヨーロッパケナガイタチはフェレットへと変わったのだろう
実際、「フェレッティング」という語は、もともとはウサギを穴から追い出す能力を指していた
フェレットはウサギ狩りの際、穴の中でウサギを殺してその場で好きに食べてしまわないように、口輪をつけられるのが普通だった
野生化したウサギ集団が害獣レベルまで増えた時は、ウサギの個体数をコントロールするために、フェレットが口輪なしで放たれた
北ヨーロッパでは、野生化したウサギ集団が爆発的に増えるにつれ、フェレットのウサギ狩りの役割がますます重要になっていった(Brown, "History of the Ferret"; Plummer, 2001) イギリスでは、1281年には王室付きの「フェレット使い」という役職があったほど(Brown, “History of the Ferret”)
大英帝国の最盛期に、フェレットは意図的にオーストラリアとニュージーランドに移入された
不幸なことに、フェレットはウサギをほとんど狩らずに、フェレットのような生き物をまったく知らずに進化してきたため簡単に捕まえられる土着の動物たちのほうを好んで獲物にした
だが、オーストラリアでは、おそらくディンゴが捕食したためであろうが、野生化したフェレットは幸いにも定着しなかった
18世紀、フェレットはネズミを捕まえる役割で(ネコと同様に)帆船に乗って米国にやってきた
何千ものフェレットがネズミとウサギの駆除目的で農場に放たれた
オーストラリアと同じように、他の捕食者がいたためと、さらにおそらく土着のイタチ科動物との競争になったために、野生化したフェレットが広がるのは米国でもかなり防がれた
野生化したフェレットは同程度のサイズの捕食者がいないところに定着する傾向がある
ヨーロッパケナガイタチからフェレットへ
ヨーロッパケナガイタチの家畜化における初期段階は、おそらくネコと似たようなもので、人間に対する反応と、お互いに対する反応という、行動面での変化が関係したと思われる
ネコや都市のアライグマと同じように、家畜化への第一歩は、人間の造営物という新たな生息環境に入るにあたって人間への反応の仕方を変えること
そして、ネコやアライグマと同様、資源が集中する人間のいる環境を最大限に利用するために、ヨーロッパケナガイタチは森林に生息する同世代の仲間たちよりもずっと社会的にならざるを得なかった
この点で、フェレットはアライグマに見られる単なる表現型の可塑性を超えて、ネコに見られるような進化的な変化に近い状態へと移行しているという証拠がある
ケージに指をつっこむ
野生のヨーロッパケナガイタチのケージには、生まれたときから人間が飼っていた個体であっても指をつっこむきにはならないだろう
ヨーロッパケナガイタチとフェレットの雑種であっても、このテストにパスするかどうかは怪しい(Poole, 1972) だが、純粋なフェレットなら突っ込まれた指を歓迎し、十中八九は指に体をすりつけてくるだろう
また、フェレットはお互い同士でも、ヨーロッパケナガイタチ同士より友好的にふるまう
フェレットはヨーロッパケナガイタチに比べてかなり社会的で、お互いにくっつき合っている方が落ち着くのである
ヨーロッパケナガイタチの家畜化における行動面の変化は、これも単独制の捕食者であるヤマネコの家畜化過程で起こったことと大変よく似ている
ある行動面での変化については、フェレットはイエネコよりも遥かに優れている ある研究によると、人間のジェスチャーを頼りに隠された食物を見つけるというタスクで、フェレットはイヌと同じくらい良い成績を出した
それとは対照的に、フェレットと同じ条件で飼育されてきた、ヨーロッパケナガイタチとフェレットの雑種は、ジェスチャーによる合図に反応するように学習することはできなかった(Hernádi et al., 2012) イヌでもフェレットでも、人間の意図を読み取る際に重要なのは、人間の凝視に耐えられることだ
種間コミュニケーションでは、アイコンタクトを取るのが第一段階なのだが、哺乳類の多くにとってアイコンタクトは攻撃的な行動でもある
居心地の悪さこそ、霊長類からイタチ類まで、哺乳類の多くが凝視された際の反応
家畜化の過程は、イヌにおいて明らかにこの居心地の悪さを改善し、彼らはついに飼い主と積極的にアイコンタクトをとるまでになった
ペットのフェレットは見知らぬ人よりも飼い主とのほうがアイコンタクトへの耐性がかなり高くなる
イヌとフェレットに見られるこの著しい社会的認知を行う能力の収斂進化は、イヌもフェレットも、ネコとは対照的に、人間の飼い主と協力して仕事をするように育種されてきたことと関係があるかもしれない しかし、家畜化されたキツネのことを思い出してみると、そのような活動のために育種されたわけでもないのに、従順性のみで選択したことによる副産物として、人間の意図を読み取る能力が発達したではないか おそらく、従順性と人間の意図を読み取る能力とは、独立形質だと考えてはいけないのだろう
アイコンタクトに対する耐性は、単に高度な従順性を反映しているだけなのかもしれない
人間にとって利益になる際には、それが種間コミュニケーションのために利用される
ネコはそういう方法で役立つということがなかっただけ
さらに従順性は種間の社会性の一形態とみあすべきなのだろう 種間の社会性は、ネコやアライグマやフェレットに見られた種内の社会性の向上と、何らかの形で発生的にリンクしているのかもしれない
つまり、従順性は(種間・種内両方の社会性の一形態として)抱き合わせになっているのかもしれないのだ
家畜化された他の種の多くよりは、野生の祖先に身体的によく似ているフェレットだが、その一方で、フェレットもまた家畜化された表現型の他の要素を持っている
フェレットはヨーロッパケナガイタチよりもかなり小さい
最も目立つ身体的な変化は頭骨に現れている
フェレットの頭骨はヨーロッパケナガイタチよりも幅広く短い
頭骨の形態におけるこの種の変化は、これまで見てきたように、行動面での変化に加え、幼児の形質が性成熟した成体でも保持されている、つまり幼形のまま性成熟が進むというペドモルフォーシスの指標の一つ しかし、他の家畜化された動物の多くと同様、フェレットもまたペドモルフォーシスというコインの表だけではなく裏面も共に備えている
プロジェネシス、つまり発生・発達の終了が早まることによる性的発達の加速化 ミンク
養殖ミンクは養殖キツネとほとんど同じように1匹ずつケージに入れて育てられる この養殖ミンクは、米国農務省が家畜化したものだとされている
従順性を対象に家畜化されてきた他の食肉目とは好対照
とはいうものの、飼育下でもストレスを受けにくい個体のほうが生き残りやすく繁殖もしやすいという点から、アメリカミンクはある意味で間接的に従順性を対象とする選択を受けてきたともいえそうだ
ギンギツネはもともと何世代にもわたって捕らわれた状態で飼育されていたため、ベリャーエフが最初に実験に用いた個体は、すでに遺伝的に変化していた可能性もある
そうすると、養殖キツネと同じように、養殖ミンクも野生の祖先と比べて遺伝的にかなり変化しているかもしれない
そう仮定すれば、養殖ミンクとアメリカミンクの違いを解釈しやすくなる
だが、残念ながらそのような仮定はできない
そのような表現型の変化としては行動面のものが最も明確である
生まれたときから人間に育てられた野生のオオカミやヨーロッパケナガイタチ、それにアメリカミンクは、野生育ちの個体とはかなり異なる行動をする
ということで、養殖ミンクと野生のアメリカミンクの、行動面あるいは身体的などんな違いについても、表現型の可塑性以上のものが反映されているとみなすことはできないのだ
これらの身体的な違いには、心臓や脾臓のサイズも含まれている 心臓や脾臓が小さいのは、ケージの中で育ち、自由に動き回れないことによる直接的な結果である可能性もある
食餌が野生のものとは異なっているのも要因の一つかもしれない
養殖ミンクはまた野生のアメリカミンクよりも脳が小さい 養殖ミンクや野生化したミンクと競争したなら、野生のアメリカミンクのほうが有利である
養殖ミンクでは、多くの形質にあまり選択圧がかからなくなっている
野生ならば除去されてしまうであろう突然変異もそのまま残り、長年の間に遺伝的浮動によってその頻度が上昇までしてしまう もし養殖ミンクが一度に大量に脱走したとすれば、養殖ミンクのもつ突然変異はその地域に生息する野生のアメリカミンク集団にとって結構な重荷となるだろう
脱走した養殖ミンクがこのような遺伝的悪影響を野生のミンクに及ぼすということは、養殖ミンクが家畜化過程の中で表現型の可塑性による変化の段階よりも先に進んでいることを示す有力な証拠である
多くの表現型形質に対する自然選択が弱まることにより、養殖ミンクは遺伝的に異なる生き物になっている しかし、これまで見てきたように、自然選択が弱まったことによる遺伝的変化だけでは、フェレットやネコ、イヌのような生き物は作り出せない
特定の表現型の変化を対象とする選択が強く働くことも必要なのである
表現型の可塑性から進化による家畜化へ
20世紀最初の数十年間に、表現型可塑性がどのようにして進化的な変化の先鋒となるのかについて、多くの見解が提出された
ここではそれをとっかかりにして考えてみたい
ただし、その微妙な違いが実際にはかなり重要なものではある
「ボールドウィン効果」とは、学習によって身に付けた行動が進化によって本能へと変化することを指すものだ、と考えている人が多い しかし、これはまったくの見当違いというわけではないが、狭義の見解でしかない
ボールドウィンは、行動やその他の形の表現可塑性が進化の過程でどのような役割を果たすのかを考察していた
狭義の見解にとらわれてしまうと、ボールドウィンの考察の全体的な異議を見落としてしまうことになる(Crispo, 2007では特によく議論されている。) ボールドウィンは、まずはじめに、表現型可塑性は新奇な環境下にある個体がその世代内で適応するための方法であるという仮説から出発している
新奇な環境が人間の居住によって作り出されたものだとしよう
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このグラフはこの生物の生存能力を示すもの
図4.2 A
この生物は、人間がまったくいない環境から適度に人間が存在する環境までの幅広い環境下で生存可能
人間のいる環境下での生存はリアクションノームの範囲内ではあるが、このグラフの末端部にあたる
つまり、人間がいるところでは、少なくともその種の何個体かは生存できるけれども、その種にとって最適な環境からは程遠い
ボールドウィンは次に、リアクションノームが変化して人間のいる環境のほうがこの生物にとっての最適環境になると考えている(図4.2 B)
従順性を対象とした自然選択と、増大する社会性、そしておそらく、人間のいる中で生存するのに十分な表現型可塑性をもつ個体が摂る食物の変化によって、リアクションノームが変化するのである
この選択の結果として、この生物ではこういった形質に関する遺伝的な変化が起こり、この新しい環境下で生き残り繁栄することができるようになっていく
ボールドウィン効果の結果として、必然的にリアクションノームがフラットなものになっていく、としばしば誤解される
人間への耐性を対象とする自然選択の結果、表現型可塑性の幅が狭まっていくというのである
これは、学習が本能になるように進化するというボールドウィン効果のよくある単純な解釈の土台になっている
この仮想的なケースでは、人間への条件的な耐性から人間への依存へと移行するということになる
しかし実は、可塑性の減少はボールドウィン効果の可能性の一つにすぎない
ウォディントンは、ショウジョウバエを用いた一連の実験で、環境を変化させることによりさまざまな形態的変化を引き起こした 次にウォディントンは、横脈欠失個体を人為的に選択して何世代にもわたって交配した
14世代目には熱ショックなしでも横脈欠失が生じるハエが現れた
横脈欠失を誘導する環境要因はもう必要でなくなった
横脈欠失というリアクションノームがフラットになり、環境条件にかかわらずこの形質が現れるようになったのである
ボールドウィン効果と遺伝的同化は、どちらも家畜化の家庭で重要な役割を果たすのかもしれない
別々に働くこともあれば関連し合いながら働くこともあるだろう
いずれにしても、表現型可塑性はのちに起こる自然選択による進化の進む道筋を作るのだ
しかし、家畜化の過程では、ボールドウィン効果が表現型可塑性を遺伝的変化へと橋渡しするほうが多いだろう
捕食者が家畜化へと至る道筋
アライグマやネコ、ヨーロッパケナガイタチ、イヌでは、家畜化へと至る道筋にはさまざまな通過点があると考えられる
アライグマは、表現型可塑性だけで進める道を進んできたところにある最初の通過点にいるのかもしれない
家畜化された動物は必ずそこを通過する
この地点まで来た動物は人間と片利共生関係になるが、多くはそこから先に進むことはない
アライグマが先に進むかどうかは、人間側からみて単なる害獣ではない存在になるかどうかに大きくかかっている
ネコやフェレットやイヌが、表現型可塑性だけで到達できる通過点から先に進んだのは確実
行動の変化とともに遺伝的な要素が大きく変化しているのがその証拠
ボールドウィン効果とキャナリゼーションは、この移行の初期段階で進化を引き起こし、さらにおそらくその先へと向かわせるメカニズム
この二つのメカニズムを区別するのはしばしば難しいが、ネコとフェレットでは、ボールドウィン効果だけで(人間に対しても同種の仲間に対しても)社会性が増大したと説明できそうである
それをしっかりと検証ルウためには、フェレットとヨーロッパケナガイタチ、またネコとヤマネコを、それぞれ比較する必要があるだろう
イヌの場合は、人間への依存がより強くなっているので、家畜化過程に遺伝的同化も関わっている可能性がある
しかし、イヌの社会性でさえも、平均値が変化しただけでリアクションノームの傾きは変化していないかもしれない
ボールドウィン効果と遺伝的同化の療法に起因する遺伝的変化は、養殖キツネで明らかにされたように、分断選択とその結果明らかになる隠蔽変異によって促進される
フェレットとネコでは家畜化されたリアクションノームを対象とする安定化選択が働き、新たなフェーズを通過したようである
イヌの場合は、安定化選択ではなく方向性選択が今日まで優勢のようだ しかし、各品種の範囲内では、社会的行動は(身体的形質ではないことを強調しておく)安定化選択によって新たな平衡状態に達しているかもしれない
食肉目の家畜化はこれで締めくくりとする
次に登場する家畜は、哺乳類の系統樹出別の部分に位置する有蹄類(偶蹄目と奇蹄目)というグループで、農場でおなじみの哺乳類の大部分が含まれる 有蹄類は食肉目とはいささか異なる道筋を通って家畜化されてきた
人間にとって食肉目とは異なる目的に役立つからでもあるし、家畜化以前の進化の歴史が異なっているからでもある
この二つの要因は実際には関係しあっている
家畜化された食肉目と有蹄類の相違点からは得られるものがあるが、従順性を含め、両者に見られる共通点からも同様に得られるものがある